導入
「父と長年暮らしていた女性がいます。でも婚姻届は出していません。相続権がないなら、家を空けてもらって売却していいですよね?」
相続では、こうした問題が起きることがあります。
法律上の配偶者でなければ、原則として配偶者としての法定相続権はありません。
しかし私は、この問題の本質は、「相続権があるか、ないか」だけではないと考えます。
特に、亡くなった人と10年以上暮らし、介護をし、その家を生活の本拠としていた人がいる場合、
「相続人ではない。だからすぐ出てください」
と進めると、新しい問題を生むことがあります。
重要なのは、誰が正しいかではなく、財産関係を確認しながら、これからの生活を守れる着地点を作れるかです。
相談事例
54歳の男性。2か月半前に82歳の父親を亡くしました。
父親の相続人として把握しているのは、相談者と異母弟の2人です。
一方、父親は晩年の約11年間、69歳の女性と同居していました。
婚姻届は出していません。
父親の主な財産は、
- 自宅土地建物 約2,400万円
- 預貯金 約1,100万円
- 株式 約450万円
- 自動車 約80万円
です。
相談者は、
「内縁なら相続権はない。家を売って弟と半分ずつにしたい」
と考えています。
ところが同居女性は、
「お父さんから、この家には死ぬまで住んでいいと言われている」
と話しています。
さらに、家の購入時に自分も500万円を出したと主張しています。
この問題の本質
私は、このケースでは問題を一つにまとめません。
少なくとも、次の5つに分けて考えます。
- 誰が相続人なのか
- 遺言があるのか
- 自宅は本当に父親100%の財産なのか
- 同居女性にどのような居住上・金銭上の主張があるのか
- 家を売る場合と住み続ける場合で、生活がどう変わるのか
特に危険なのは、
「法定相続権がない」ことと「何の権利も問題もない」ことを同じにしてしまうことです。
よくある失敗
このようなケースでよくある失敗は、早い段階で明渡し期限を決めてしまうことです。
たとえば、
「3か月以内に出てください」
と通知してから、後になって、
- 遺言が見つかった
- 購入資金500万円の出金記録が見つかった
- 父親が居住継続を約束していた資料が出てきた
となれば、争いは大きくなります。
反対に、
「長年介護してくれたのだから、一生無料で住んでいい」
と口約束するのも危険です。
固定資産税、修繕費、火災保険、大規模修繕、施設入所時の扱いなどが何も決まらないからです。
私ならどう考えるか
私なら、まず明渡し要求も終身居住の確約も止めます。
そして最初に、事実を確認します。
自宅については、
- 売買契約書
- 購入代金の振込記録
- 500万円の出金資料
- 登記内容
- 購入時の父親と同居女性のやり取り
を確認します。
500万円を出していたとしても、それが直ちに共有持分になるとは限りません。
一方で、登記が父親単独だからといって、500万円の主張を無視してよいとも限りません。
何のお金だったのかを確認することが先です。
父親の「住ませてやってほしい」という意思
父親は生前、親族に、
「自分が死んでも、その人を家から追い出さないでほしい」
と話していたといいます。
この言葉だけで、当然に一生住める権利が成立すると決めることはできません。
しかし、父親がどのような生活を望んでいたのかを判断する重要な事情ではあります。
私は、法律上の結論だけでなく、父親自身が何を望んでいたのかも確認します。
預金が700万円減っていても、すぐ横領とは考えない
父親の預金は、約2年間で1,800万円から1,100万円に減っています。
相談者としては、
「同居女性が使ったのではないか」
と疑いたくなります。
しかし、その期間には生活費、医療費、介護費、税金、住宅維持費があります。
さらに毎月8万円程度の生活費送金もあります。
私は、預金減少を、
- 父本人の支出
- 共同生活費
- 医療・介護費
- 同居女性への送金
- 現金出金
- 説明できない支出
に分けます。
「怪しい人」を探すのではなく、「説明できないお金」を探すという考え方です。
死亡保険金も相続財産と同じではない
父親には400万円の死亡保険があり、受取人は同居女性です。
相談者は、
「相続人でもないのに400万円も受け取るのはおかしい」
と感じています。
しかし、指定受取人が取得する死亡保険金は、通常の預金や不動産と同じように単純に遺産分割するものとは限りません。
ここでも、
「相続人かどうか」と「保険金を受け取れるか」を分けて考える必要があります。
最善策
私なら、次の順番で整理します。
- 相続人を確定する
- 遺言の有無を確認する
- 自宅購入資金500万円の資料を確認する
- 父親の預金履歴を整理する
- 死亡保険金の契約内容を確認する
- 同居女性の居住についての父親の意思や合意を確認する
- 家を売る場合と住み続ける場合の費用を計算する
- 異母弟への精算方法を考える
- そのうえで明渡し・期間限定居住・長期居住を比較する
「住ませる」なら条件を決める
もし一定期間住んでもらうなら、私は必ず条件を具体化します。
- 居住期間
- 固定資産税の負担
- 火災保険
- 通常修繕
- 大規模修繕
- 施設入所時の終了
- 第三者を住ませることの可否
- 売却が必要になった場合の扱い
「死ぬまで住んでいい」という一言だけでは、将来の問題が増えます。
短期・中期・長期を分けて考える必要があります。
なぜ法律だけでは解決できないのか
法律上、同居女性に法定相続権がない。
それ自体は重要な判断です。
しかし、その結論だけで家を売れば、69歳の人の住居と老後生活が突然失われる可能性があります。
一方で、生活が心配だからと無条件で終身居住を認めれば、相続人が何十年も税金や修繕費を負担するかもしれません。
この問題では、
法的勝利と生活再建のどちらか一方を選ぶのではなく、双方が破綻しない条件を作ることが重要です。
実務上のチェックポイント
- 相続人の範囲
- 公正証書遺言の有無
- 自筆証書遺言の有無
- 自宅売買契約書
- 購入代金2,900万円の資金経路
- 同居女性の500万円拠出資料
- 父親との合意内容
- 自宅の正式査定額
- 父親の全預金履歴
- 毎月8万円の送金内容
- 医療費・介護費
- 死亡保険契約
- 葬儀費用
- 固定資産税
- 火災保険料
- 将来の修繕費
- 同居女性の年金・預金
- 転居した場合の家賃
- 異母弟が希望する精算時期
- 相談者が自宅を取得する可能性
- 相続税の期限
- 相続登記の期限
まとめ
内縁のパートナーには法定相続権がない。
だからといって、すぐ、
「相続人ではないので出てください」
と進めることが最善とは限りません。
私は、まず遺言、自宅購入資金、預金、保険金、居住についての父親の意思を確認します。
そのうえで、家を売る場合、数年間住んでもらう場合、長期居住を認める場合を数字で比較します。
いま最優先すべきなのは、勝つことではなく、被害を広げないことです。
重要なのは、誰が正しいかではなく、これからの生活を守れるかです。
私は、この問題では、「相続権がない」という一つの法律判断だけで人の住まいを決めず、財産と生活の両方が破綻しない着地点を作ることが大切だと考えます。
免責文
※この記事は、内縁関係、相続、居住継続、自宅購入資金、生前の預金管理、死亡保険金、不動産売却などが重なった事例について、実務上の考え方を整理した一般的なケーススタディです。実際の相続人、遺言の効力、購入資金の法的性質、居住権限、死亡保険金、相続税等の取扱いは、具体的な契約内容、資料、事実関係によって異なります。本記事のみをもとに個別の法律判断を行うものではありません。



