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認知症だった親の遺言は無効なのか――相続で最初に確認したいこと

コラム

導入

「母は認知症でした。だから、この遺言は無効ですよね?」

相続では、こうした疑問が出てくることがあります。

特に、亡くなった親が特定の子どもに自宅を残す内容の遺言を書いていた場合、他の相続人としては、

「本当に本人の意思だったのか」

と疑いたくなることがあります。

しかし私は、この問題の本質は「認知症という診断名があったかどうか」ではないと考えます。

重要なのは、遺言を書いたその時点で、本人が、

  • 自分にどんな財産があるのか
  • 誰に何を渡そうとしているのか
  • その結果、家族にどのような影響が出るのか

をどこまで理解できていたかです。

そして、もう一つ重要なのは、

遺言を無効にできるかだけでなく、無効になった後に家族の生活がどうなるかまで考えることです。

相談事例

63歳の女性。4か月前に86歳の母親を亡くしました。

相続人は、67歳の姉と相談者の2人です。

母親の主な財産は、

  • 自宅土地建物 約3,600万円
  • 預貯金 約1,200万円
  • 投資信託 約500万円

です。

母親の死後、自宅から自筆の遺言書らしきものが見つかりました。

そこには、

「家は長女に相続させる。預金は姉妹で半分ずつにする」

という趣旨が書かれていました。

姉は母親と約8年間同居し、食事、通院、服薬管理、買い物などの介護をしていました。

一方、相談者は、

「母は認知症だった。姉に言われて書いたのではないか」

と疑っています。

そして、

「遺言が無効なら、自宅も半分もらえるはず」

と考えています。

この問題の本質

私は、この問題の本質は遺言の有効・無効だけではないと考えます。

確認すべきことは、少なくとも次の4つです。

  1. 遺言書の形式に問題がないか
  2. 遺言時に母親が内容を理解できていたか
  3. 相談者が実際にどれくらい相続できるのか
  4. 姉が自宅を失った場合、生活がどうなるのか

この4つを分けて整理しないと、

「裁判には勝ったが、その後にもっと大きな家族問題が残る」

ということが起こります。

よくある失敗

このようなケースでよくある失敗は、

「認知症だったから遺言は無効」

と最初から決めてしまうことです。

認知症にも程度があります。

日付を間違えることがある。

通帳の場所を忘れることがある。

銀行手続には家族の同行が必要だった。

そうした事情があっても、

「この家は姉に残したい」

という意味を理解できていた可能性はあります。

逆に、日常会話ができていたからといって、必ず遺言内容を十分理解できていたとも限りません。

だから私は、診断名ではなく、遺言を書いた時期の具体的な生活状況と理解力を見ます。

私ならどう考えるか

私なら、まず遺言原本を確認します。

コピーや口頭説明だけでは判断しません。

確認するのは、

  • 全文が本人の筆跡か
  • 日付があるか
  • 署名があるか
  • 押印の状態
  • 訂正や加筆がないか
  • 封筒の状態

です。

そのうえで、遺言作成日前後の診療録や介護記録を確認します。

私は、

「認知症という言葉が書いてあるか」

を見るのではありません。

「この人は当時、何ができて、何ができなかったのか」

を見ます。

母親自身の言葉も重要

今回、遺言作成の約2か月前に、母親は相談者へ、

「家はお姉ちゃんが住んでいるから、そのまま住ませてあげたい」

と話しています。

相談者自身も、その会話があったことを認めています。

これは、相談者にとっては不利な事情かもしれません。

しかし私は、こうした事実を隠したり軽視したりしません。

自分に都合の悪い事実も含めて整理することが重要です。

それが、感情と証拠を分けるということです。

遺留分を「家の半分」と考えない

もう一つ、誤解しやすいのが遺留分です。

相談者は、

「遺言があっても家の半分はもらえる」

と思っています。

しかし現在の遺留分制度は、原則として、不足する金額を金銭で請求する仕組みです。

つまり、

「自宅の2分の1持分が当然にもらえる」

という話ではありません。

このケースでは、全財産を単純に合計すると約5,300万円あります。

そこから具体的な取得額を確認し、相談者の遺留分がどの程度侵害されているのかを計算します。

すると、本人が想像していた、

「自宅の半分、1,800万円くらい請求できる」

という話とは大きく違う可能性があります。

姉の介護をどう考えるか

相談者は、姉に対して長年の不満があります。

一方で、姉が約8年間、母親の介護をしていたことも事実です。

私はここで、

「姉が介護したから家をもらって当然」

とも、

「姉は家をもらうのだから介護は関係ない」

とも考えません。

介護負担、母親の意思、遺言の有効性、相続分は、それぞれ別の問題として整理します。

姉が仕事を減らしたのか。

どの程度の頻度で介護したのか。

改修費180万円を本当に自己負担したのか。

こうした事情も資料で確認します。

預金900万円の減少も、すぐ横領とは考えない

母親の預金は約5年間で900万円減っています。

相談者としては、

「姉が使っていたのではないか」

と疑いたくなるところです。

しかし、8年間の生活費、介護費、医療費、自宅改修費などがあります。

預金が減っていることと、不正に使われたことは同じではありません。

私なら、

  • 説明できる支出
  • 資料が不足している支出
  • 説明がつかない支出

に分けます。

「姉が怪しい」という感情を、「説明できない支出はいくらあるか」という事実確認に変えることが大切です。

遺言を無効にした後を考える

このケースで特に重要なのがここです。

仮に遺言が無効となり、自宅を姉妹で共有することになったとします。

相談者は、

「これで公平になった」

と思うかもしれません。

しかし姉は67歳。

年金は月約9万円。

預金は約250万円。

8年間住み続けた家から出ることになれば、住居問題が発生します。

一方、相談者は共有持分を現金化したい。

姉には買い取る資力が乏しい。

そうなると、

遺言争いが終わった瞬間に、共有不動産の争いが始まります。

私は、これを避けたいと考えます。

最善策

私なら、次の順番で整理します。

  1. 遺言書原本を確認する
  2. 検認など必要な手続を進める
  3. 遺言時の診療録・介護記録を集める
  4. 作成前後の母親の言動を時系列にする
  5. 全財産と生前支出を確認する
  6. 姉の介護負担と改修費を整理する
  7. 遺留分を具体的に計算する
  8. 遺言が有効な場合と無効な場合を比較する
  9. 姉の住居継続まで含めて解決案を考える

そして初めて、

  • 遺言無効を争う
  • 遺留分を請求する
  • 姉妹間で金銭調整する
  • 自宅売却を含めて協議する

のどれを主軸にするか決めます。

なぜ法律だけでは解決できないのか

法律上、遺言が無効かもしれない。

遺留分を請求できるかもしれない。

法定相続分を主張できるかもしれない。

それでも、問題は終わりません。

姉はどこに住むのか。

相談者はいくら確保できれば老後の安心につながるのか。

姉妹関係を完全に断つ覚悟があるのか。

自宅を売却した場合、誰がどの程度負担するのか。

こうした問題は、条文だけでは決まりません。

重要なのは、誰が正しいかではなく、これからの生活を守れるかです。

実務上のチェックポイント

  • 遺言書原本の所在
  • 封筒と開封時の状況
  • 本人の筆跡か
  • 日付・署名・押印の状態
  • 遺言作成日の診療記録
  • 認知症診断の時期と程度
  • 認知機能検査の記録
  • 要介護認定資料
  • ケアプラン・介護記録
  • 母親の財産認識
  • 姉妹を認識していたか
  • 遺言前後の発言
  • 姉が遺言作成に関与したか
  • 全預金・投資信託
  • 自宅の正式査定
  • 預金900万円減少の内訳
  • 改修費180万円の資料
  • 姉の介護内容と期間
  • 相談者の遺留分概算
  • 遺留分に関する期間管理
  • 姉が家に住み続ける場合の精算方法
  • 売却した場合の姉の転居先

まとめ

親が認知症だった。

その親が、特定の子どもに自宅を残す遺言を書いていた。

そう聞けば、

「本当に本人の意思だったのか」

と疑うのは自然です。

しかし私は、最初から遺言無効を前提にはしません。

まず、遺言を書いたその時の母親が、何を理解できていたのかを確認します。

そして、遺言が有効だった場合と無効だった場合の両方を数字にします。

さらに、姉がその家に住み続けられるのかまで考えます。

いま最優先すべきなのは、勝つことではなく、勝った後に新しい争いを作らないことです。

私は、このケースでは、認知症という診断名を争いの武器にするのではなく、証拠と生活の両方を確認したうえで、争う価値が本当にあるのかを判断することが最善だと考えます。

免責文

※この記事は、認知症、自筆証書遺言、遺言能力、遺留分、介護負担、生前の預金管理、不動産相続などが重なったケースについて、実務上の考え方を整理した一般的なケーススタディです。実際の遺言の有効性、遺留分侵害額、寄与分、生前出金、改修費等の法的評価は、具体的な資料・事実関係・時期によって異なります。本記事のみをもとに個別の法律判断を行うものではありません。

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