導入
「半年後に退職金が1,100万円入る。それで借金を少しでも返してから自己破産した方がいいのではないか」
定年を目前にして大きな借金を抱えたとき、こう考える人は少なくありません。
特に、その借金が自分の浪費ではなく、子どもの事業を助けるための保証債務だった場合、
「親なのだから最後まで責任を取るべきだ」
という気持ちが強くなります。
しかし私は、この問題の本質は、退職金からいくら返せるかではないと考えます。
本当に見るべきなのは、退職金を使ったあとに、夫婦が老後の生活を続けられるのかという点です。
いま最優先すべきなのは、借金を少しでも多く返すことではありません。
老後の生活まで巻き込んで被害を広げないことです。
相談事例
61歳の男性。
製造会社に勤務しており、6か月後に定年退職を予定しています。
本人には約480万円のカードローン等の借金があります。
さらに、長男が始めた飲食店の事業資金について連帯保証人になっており、銀行から約1,400万円の支払いを求められています。
合計すると、本人が向き合う債務は約1,880万円です。
一方、6か月後には約1,100万円の退職金が支給される予定です。
本人は、
- 500万円を保証債務の返済
- 200万円を自分のカードローン返済
- 300万円を妻に老後資金として渡す
- 100万円を生活費
に使おうと考えています。
さらに、8か月後に結婚を予定している次女には、以前から100万円の結婚祝いを約束しています。
本人は、
「父親として息子の借金から逃げたくない」
と話しています。
しかし妻は、1,400万円の保証債務についてほとんど知りません。
この問題の本質
私は、このケースの本質は「1,880万円をどう返すか」ではないと考えます。
本当の問題は、6か月後に生活構造が大きく変わることです。
現在の世帯収入は、本人と妻を合わせて月約40万円。
生活費は月約31万円です。
ところが定年後は、本人の再雇用収入が約17万円、妻のパート収入が約8万円となり、世帯収入は月約25万円まで下がる見込みです。
現在と同じ生活を続ければ、借金返済がなくても毎月約6万円の赤字になります。
つまり、退職金を債務返済に使い切ったあとに残るのは、
「借金が減った生活」ではなく、
「老後資金が減り、毎月赤字になる生活」
かもしれません。
よくある失敗
こうしたケースで最も危険なのは、退職金を受け取る前から使い道を決めてしまうことです。
たとえば、
- 銀行に500万円返す
- カードローンに200万円返す
- 妻に300万円渡す
- 娘に100万円渡す
- 長男にもさらに援助する
という形です。
一つ一つを見ると、どれも本人なりの理由があります。
銀行には迷惑を掛けたくない。
妻には老後資金を残したい。
娘との約束も守りたい。
息子も助けたい。
しかし、それらを全部実行すると、1,100万円の退職金はほとんど残りません。
この問題は、感情的に動くと損失が拡大します。
私は、申し訳ない相手と、今すぐお金を払うべき相手は分けて考える必要があると思っています。
私ならどう考えるか
私なら、まず退職金を前提にした資金移動を全部止めます。
銀行へのまとまった返済。
妻への300万円の移転。
次女への100万円の結婚祝い。
長男への追加援助。
これらをいったん保留します。
そのうえで、まず確認するのは、
- 保証契約の内容
- 保証債務の正確な残高
- 本人自身の全借金
- 退職金の規程と支給時期
- 生命保険の解約返戻金
- 車の価値
- 妻名義の自宅との金銭関係
- 本人と妻の年金見込額
- 退職後の税金・社会保険料
- 医療費や自宅修繕費
です。
特に重要なのは、退職前と退職後を別々に計算することです。
最善策
私は、このケースでは、
「父親としてどこまで返すか」ではなく、「夫婦の老後生活を壊さずに債務をどう整理するか」
を判断基準にします。
本人にとって、息子を助けたいという気持ちは本物だと思います。
しかし、息子の事業失敗を理由に、自分と妻の老後生活まで危険にさらすことが、本当に家族を守ることなのかは別問題です。
長男は32歳です。
本人自身も自己破産を検討しています。
父親が老後資金を大きく失ってまで援助を続ければ、今度は数年後に父母の生活を子どもたちが支える側になる可能性もあります。
短期・中期・長期を分けて考える必要があります。
なぜ法律だけでは解決できないのか
連帯保証人としてどのような責任を負うのか。
自己破産をした場合、退職金や保険、車がどのように扱われるのか。
こうした法律上の確認は重要です。
しかし、それだけでは生活は立て直せません。
たとえ破産によって債務を整理できたとしても、退職後の家計が毎月6万円赤字なら、別の問題が始まります。
逆に、破産を避けるために500万円を返済したとしても、残りの債務が大きく、老後資金が減り続ければ、それも生活再建とは言えません。
私は、
「破産を回避できたか」
ではなく、
「その判断のあと、夫婦が無理なく暮らせるか」
で評価するべきだと考えます。
家族関係も整理する必要がある
このケースでは、妻が実際の債務額をほとんど知りません。
これは非常に大きな問題です。
本人は妻を心配させたくないと思っています。
しかし、退職金は今後の夫婦生活を支える重要な資金です。
その使途を本人だけで決めた結果、妻の老後生活まで苦しくなるのであれば、問題は借金だけではなく夫婦の信頼関係にも広がります。
私は、妻への説明を単なる「借金の告白」にはしません。
負債額だけではなく、
- 退職後の収入
- 今後の生活費
- 年金見込額
- 退職金の扱い
- 長男への今後の援助方針
まで整理したうえで共有する必要があると考えます。
実務上のチェックポイント
私なら、次の項目を確認します。
- 連帯保証契約書
- 銀行からの請求額
- 本人の全借入先と残高
- 長男へ渡した金額
- 長男とのLINEや送金記録
- 退職金規程
- 正式な退職予定日
- 退職金見込額の根拠
- 預金・保険・車などの財産
- 妻名義住宅の取得経緯
- 過去の住宅修繕費
- 再雇用後の収入
- 本人と妻の年金見込額
- 退職後の税金・社会保険料
- 医療費
- 自宅の将来修繕費
- 次女への結婚祝いをまだ支払っていないか
- 妻や長男への資金移動を予定していないか
重要なのは、「資産がいくらあるか」だけでなく、「その資産を何年間の生活に使う必要があるか」まで見ることです。
まとめ
定年直前に大きな保証債務を負ったとき、
「退職金で少しでも返してから考えよう」
と思う気持ちは理解できます。
しかし私は、退職金を債務返済に使う前に、そのお金が夫婦の生活にとってどのような意味を持つのかを確認します。
まず資金移動を止める。
保証債務を確認する。
退職金を確認する。
退職後の家計を作る。
年金を確認する。
そのうえで債務整理の方法を決めます。
重要なのは、父親としてどれだけ返したかではありません。
家族全体の生活をこれ以上壊さずに立て直せるかです。
私は、この問題で守るべきものは「退職金」そのものでも「父親としてのメンツ」でもなく、夫婦がこれから暮らしていける生活基盤だと考えます。
免責文
※この記事は、自己破産、連帯保証、退職金、家族関係、老後資金が重なったケースについて、実務上の考え方を整理した一般的なケーススタディです。実際の破産手続、退職金の取扱い、保証債務、財産移転、妻名義不動産との関係などは、具体的な契約内容、時期、財産状況、資料、申立先の運用等によって異なります。本記事のみをもとに個別の法律判断を行うものではありません。



