導入
認知症が疑われる高齢の親が、突然「自宅を売りたい」「交際相手と暮らしたい」と言い出した。
さらに、預金から数十万円単位の送金があり、高額な通販や金融商品の解約まで始まっている。
子どもの立場からすれば、「このままでは財産がなくなる」「成年後見を申し立てて止めた方がいい」と考えるのは自然です。
しかし私は、この問題で最初にやるべきことは、成年後見を申し立てることではないと考えます。
まず確認すべきなのは、本人が何を理解できていて、どの判断に支援が必要なのかです。
認知症だからといって、すべての判断ができなくなるわけではありません。
相談事例
82歳の父親が一人暮らしをしています。
最近は認知機能の低下がみられ、同じ公共料金を二重に払ったり、投資信託を解約したことを後日忘れたり、高額通販を繰り返したりするようになりました。
さらに、半年ほど前に知り合った66歳の女性Aへ、4か月で合計125万円を送金しています。
一方で父親は、
「今の家は階段がつらい」
「一人で死ぬのは嫌だ」
「Aさんと海の近くで暮らしたい」
と数か月にわたって話しています。
自宅は約3,600万円で売却できる可能性があり、その代金を使ってサービス付き高齢者向け住宅へ移りたいと考えています。
長女は、「自宅を売った後にAへお金を渡してしまうのではないか」と心配し、成年後見制度の利用を急ごうとしています。
この問題の本質
私は、この問題の本質は「家を売らせるか、売らせないか」ではないと考えます。
同時に整理すべきことがあります。
- 父親の現在の判断能力
- 不動産売却を理解できているか
- 高額な贈与や金融取引を理解できているか
- 住み替え希望が一貫した本人の意思なのか
- Aとの関係が本人の生活に与えている影響
- Aへの送金の内容
- 今後の介護費
- 自宅を残した場合の維持費
- サ高住へ入った場合の長期資金
- 家族側に相続への期待が混ざっていないか
ここを一つにすると、「財産を守るために本人の自由を止める」という判断になりやすくなります。
よくある失敗
1.認知症だからすぐ成年後見を申し立てる
認知症と診断されていても、すべての意思決定能力が失われているとは限りません。
日常の買い物はできても、不動産売却のような複雑な契約には支援が必要という人もいます。
逆に、金銭管理には弱さがあっても、「どこで誰と暮らしたいか」という生活上の希望は一貫している場合もあります。
私は、「認知症かどうか」ではなく、「どの判断ができて、どの判断が難しいか」を見ます。
2.交際相手をすぐ財産目当てと決めつける
Aへの125万円の送金は確認する必要があります。
しかし、Aが父親の食事を作り、通院へ付き添い、買い物を手伝い、本人の表情も明るくなっているのであれば、その関係自体まで否定するのは早過ぎます。
重要なのは、「Aと会わせない」ことではありません。
送金ごとに、旅行代なのか、家具代なのか、贈与なのか、立替精算なのかを確認します。
人間関係と金銭取引を分けて考えることが重要です。
3.自宅を残すことが財産保全だと思う
父親の自宅には階段や段差があり、転倒歴もあります。
高齢者向け住宅への住み替えには、生活上の合理性があります。
自宅を売却すればまとまった資金を確保でき、今後の介護費へ使える可能性もあります。
つまり、「家を売る=財産を失う」ではありません。
むしろ、本人の生活のために不動産を現金化することが合理的な場合もあります。
4.相続財産を守ることが目的になる
子どもからすると、実家には思い出があります。
「母と父が一緒に建てた家を他人に持っていかれたくない」という感情も理解できます。
しかし、その家も預金も、まず父親本人のものです。
相続人に残すために保全する財産ではなく、父親が今後の生活、介護、住まいに使うための財産です。
私はここを明確に分けます。
5.成年後見人になれば家族が自由に管理できると思う
成年後見制度は、家族が本人の財産を自由に動かすための制度ではありません。
本人の利益と生活を守るための制度です。
本人の意思も尊重する必要があります。
「娘が後見人になれば安心」「家を売らせないようにできる」という発想だけで制度を選ぶと、後から本人との関係が大きく壊れることがあります。
私ならどう考えるか
私なら、最初に父親の判断能力を具体的に分けて確認します。
例えば、
- 日常の買い物
- 公共料金の管理
- ATM操作
- 数十万円の贈与
- 投資信託の解約
- 不動産売却
- サ高住への入居契約
について、それぞれ本人が内容、金額、結果を理解できているかを見ます。
同時に、ケアマネジャーや訪問介護の記録、銀行取引、通販履歴、医療記録を確認します。
最善策
私なら、自宅売却も成年後見申立ても、すぐには決めません。
まず、父親の判断能力を医療記録と生活記録から具体的に評価します。
一方で、高額通販、投資商品の解約、新たな大口送金など、今すぐ財産が流出する可能性がある部分は先に確認します。
そして、父親の「住み替えたい」「一人暮らしを終えたい」「Aと暮らしたい」という希望は、それとは別に扱います。
さらに、サ高住へ移った場合、90歳、95歳まで生活できる資金があるかを計算します。
その結果として、後見、保佐、補助などの制度が本当に必要なのかを検討します。
制度を先に選ぶのではなく、必要な支援を先に特定する。
私は、この順番が重要だと考えます。
なぜ法律だけでは解決できないのか
仮に法律上、自宅売却を止められたとしても、父親が孤独なまま危険な家で暮らし続ければ、生活上の問題は残ります。
逆に、父親の自由を尊重するあまり、高額な贈与や不要な金融商品購入を放置すれば、数年後に必要な介護費がなくなるかもしれません。
この問題は、本人の自由と財産保全のどちらか一方を選ぶ問題ではありません。
本人が自分で決められる部分を残し、難しい部分だけを支えることが重要です。
実務上のチェックポイント
- 正式な認知症診断
- 直近の認知機能検査
- 医師が考える金銭管理能力
- 不動産売却の意味を理解しているか
- 売却金額を理解しているか
- サ高住の月額費用を理解しているか
- 住み替え希望が一貫しているか
- Aとの交際開始時期
- Aへの送金全件
- 現金引出しの使途
- 全銀行口座
- 証券口座
- 高額通販契約
- スマホ決済の利用状況
- 電話勧誘の有無
- 自宅の査定根拠
- サ高住の入居・退去条件
- 現在の年間収支
- 住み替え後の年間収支
- 90歳・95歳までの資金計画
- 本人がどの程度の支援なら受け入れるか
まとめ
認知症の親が自宅を売りたい、恋人と暮らしたいと言い始めたとき、家族は財産を守ろうとします。
しかし私は、まず本人から人生の決定権を奪わないことが重要だと考えます。
一方で、認知機能低下による高額送金や金融取引を放置することもできません。
だからこそ、住み替え希望と財産管理能力を分けます。
本人が理解できる判断は本人に残し、難しくなっている部分には必要な支援を入れます。
重要なのは、相続財産を守ることではありません。
本人の財産を、本人が残りの人生を安全に、自分らしく暮らすために使える状態を守ることです。
本記事は、架空の事例をもとにした一般的な実務検討用情報です。実際の成年後見・保佐・補助の利用、契約能力、不動産売却、財産管理等の判断は、本人の具体的な判断能力、医療記録、生活状況、取引内容などによって異なります。



