導入
親の介護が始まり、時差出勤や短時間勤務について会社へ相談したところ、突然「管理職を外れるか、退職を考えてほしい」と言われた。
こうした場面では、「介護を理由に降格させるのはおかしい」「絶対に会社と争う」と考えるのは自然です。
一方で、親の介護そのものは待ってくれません。
夜間の転倒、服薬ミス、火の消し忘れが起きている状態で、会社との交渉だけに集中すれば、本人か親の生活が先に崩れる可能性があります。
私は、この問題で最初に守るべきものは、肩書そのものではないと考えます。
まず守るべきなのは、親の安全、本人の健康、雇用を継続できる状態です。
相談事例
48歳の女性管理職が、要介護3の母を一人で支えていました。
母は脳梗塞後遺症があり、最近では夜間の転倒、薬の飲み忘れ、ガスの消し忘れも起きています。
相談者は仕事帰りに週5〜6日母宅へ通っていました。
その結果、遅刻や当日有休、出張キャンセルが増えましたが、担当部署の売上目標は達成しています。
相談者が会社へ「介護休業や短時間勤務、時差出勤について知りたい」と申し出たところ、その後に大型プロジェクトから外され、部下も外され、管理職手当がなくなる専門職への変更を打診されました。
さらに会社からは、退職金を上乗せした希望退職案まで提示されました。
相談者は「介護を理由に降格させるのは許せない」と考えています。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、「会社の対応が違法かどうか」だけではないと考えます。
同時に整理すべき問題があります。
- 母の介護体制がすでに限界に近いこと
- 相談者本人の不眠、胃痛、動悸
- 会社の職務変更と介護相談の因果関係
- 利用できる介護休業や短時間勤務制度
- 管理職としてどこまで職務調整できるか
- 収入低下と住宅ローン
- 子どもの大学進学費
- 母自身の預金や自宅をどう使うか
- 弟との介護分担
- 退職した場合の再就職リスク
「課長職を守ること」が目的になってしまうと、生活全体を見失います。
よくある失敗
1.会社と争うために介護制度を使わない
相談者は、「介護休業や短時間勤務を使ったら、仕事ができない人だと認めることになる」と考えていました。
私は、この考え方は修正すべきだと思います。
介護制度を使うことは、仕事を諦めることではありません。
むしろ、今後も働き続けるために介護体制を組み直すための時間です。
制度を使わず無理を続ければ、遅刻、欠勤、体調不良が増え、結果として会社側に「管理職業務の継続が難しい」という材料を与えることにもなります。
2.役職変更をすぐ「違法」と断定する
会社が介護を理由に不利益な取扱いをしているのであれば、問題があります。
しかし、今回の専門職への変更には、出張減少、原則定時勤務という側面もあります。
会社は「降格ではなく、介護との両立を考えた職務再設計だ」と主張するでしょう。
そこで重要なのは、感情的に違法と断定することではなく、会社に理由を書面で説明させることです。
介護相談がなかったとしても同じ人事をしていたのか。
なぜ管理職手当を外す必要があるのか。
なぜ出張だけ減らす案では足りないのか。
ここを明らかにします。
3.親の介護費を自分の家計から出し続ける
相談者は住宅ローンと子どもの大学進学を抱えています。
一方、母には預金と自宅があります。
母の生活を守るための費用を、娘世帯が無理に負担し続ける必要があるのかは別問題です。
私は、まず母自身の財産を母自身の生活のためにどう使うかを考えます。
「家は売りたくない」という母の希望は尊重しますが、施設費や安全確保ができなくなるまで自宅を絶対に残すという意味に広げる必要はありません。
4.退職金の上乗せ額だけで退職を決める
退職金が500万円上乗せされると、魅力的に見えます。
しかし、48歳で年収780万円の仕事を辞めた後、同じ収入水準で再就職できる保証はありません。
介護が続いている状態で再就職活動をすることも簡単ではありません。
退職金の一時的な金額ではなく、今後5年の所得、年金、住宅ローン、教育費まで含めて比較する必要があります。
5.母をすぐ施設へ入れれば解決すると考える
会社との問題をなくすため、母を施設へ入れるという発想もあります。
しかし、母本人の気持ち、費用、相談者の罪悪感を無視すれば、別の問題が残ります。
在宅か施設かを一度で決めるのではなく、ショートステイ、夜間支援、訪問介護の追加などを試しながら判断します。
私ならどう考えるか
私なら、会社との交渉と介護体制の再構築を同時に進めます。
まず、退職にも職務変更にもすぐ同意しません。
そのうえで、利用できる介護制度を正式に申し出ます。
同時に、会社へ次の点を書面で確認します。
- 役職変更の具体的理由
- 組織再編が決まった時期
- 介護相談との関係
- 他の社員にも同じ変更があるか
- 管理職手当を外す根拠
- 時差勤務や短時間勤務を利用した場合の職務
- 現在の役職を維持する代替案
こちらからも、単に「課長を続けたい」と主張するのではなく、具体的な勤務案を示します。
例えば、出張の一部代替、会議のオンライン化、コアタイム設定、部下への権限委譲などです。
最善策
私なら、退職と役職変更への同意を保留したまま、介護制度を正式に申請します。
同時に、母の夜間安全と代替介護を確保します。
さらに、会社との面談録音、人事部とのメール、過去の人事評価、プロジェクト実績、就業規則を整理します。
そして、会社に役職変更の理由を文書で説明してもらいます。
重要なのは、会社と争うことをやめるのではなく、生活を壊さずに争える状態を作ることです。
なぜ法律だけでは解決できないのか
仮に会社の人事が問題だと認められても、母の介護が限界であれば、従来どおりの働き方には戻れません。
反対に、会社の専門職案が法的に認められるとしても、本人が納得できるとは限りません。
この問題では、法律上の正しさと、生活として続けられる働き方を分けて考える必要があります。
肩書を守るために健康を失ってはいけません。
介護のためにキャリアをすべて諦める必要もありません。
短期、中期、長期に分けて働き方を組み直すことが重要です。
実務上のチェックポイント
- 就業規則と人事規程
- 育児・介護休業規程
- 短時間勤務、時差勤務等の制度
- 人事部へ介護を伝えた日時
- 上司との面談録音
- 役職変更の決定時期
- 組織再編資料
- 他社員の役職変更状況
- 過去5年間の人事評価
- 担当プロジェクトの実績
- 管理職手当の規定
- 専門職変更後の職務内容
- 母の要介護状態
- 夜間転倒や火気管理
- ケアプラン
- ショートステイや夜間支援
- 弟の具体的な負担内容
- 母の預金と自宅
- 相談者世帯の住宅ローン
- 子どもの進学費
- 相談者自身の体調
まとめ
親の介護を相談した直後に、役職変更や退職を打診された場合、会社の対応をそのまま受け入れる必要はありません。
一方で、会社との争いを優先して介護制度を使わず、従来どおり働き続けることも危険です。
私は、まず介護制度を正式に使い、親の安全と本人の健康を確保します。
同時に、会社の人事理由を証拠化し、退職や職務変更への同意は保留します。
そのうえで、現在の管理職を維持できるのか、職務調整が必要なのか、長期的にどの働き方なら続けられるのかを比較します。
重要なのは、肩書を守ることだけでも、介護のために仕事を諦めることでもありません。
親の生活、自分の健康、雇用、家計を同時に守れる働き方を作ることです。
本記事は、架空の事例をもとにした一般的な実務検討用情報です。実際の役職変更、配置転換、退職勧奨、介護休業等の取扱いは、会社規程、申出の時期、職務内容、人事上の必要性、具体的な発言や運用状況によって異なります。



