導入
日本人の配偶者として日本に暮らしている外国籍の方が、夫から、
「離婚したらビザはなくなる」
「日本にいられるのは俺のおかげ」
「子どもは日本人だから、お前だけ帰れ」
と言われる。
このような状況では、強い恐怖を感じるのは当然です。
特に、在留期限が近い場合、「夫に逆らったら日本にいられなくなるのではないか」「子どもと離されるのではないか」と思い詰めてしまいます。
しかし私は、この問題で最初にやるべきことは、夫に謝って在留更新に協力してもらうことだけではないと考えます。
まず優先すべきなのは、母子の安全と在留期限を同時に守ることです。
相談事例
31歳の外国籍の女性が相談に来られました。
日本人の夫と結婚し、4歳の長男と3人で暮らしています。
在留資格は「日本人の配偶者等」。在留期限は2か月後に迫っています。
夫は日常的に、相談者にこう言っていました。
「日本にいられるのは俺のおかげ」
「離婚したらビザはなくなる」
「子どもは日本人だから、お前だけ帰れ」
相談者は食品工場で働いていますが、生活費は夫が管理しています。
相談者に渡されるのは月3万円だけ。
その中から交通費、スマホ代、子どもの保育園用品、母国の母への送金をやりくりしていました。
夫は、相談者の日本語が十分ではないことを理由に、役所や入管の手続も自分が管理していると言います。
「お前一人では何もできない」
「変なことを言ったら母国に帰されるぞ」
そう言われ続け、相談者は役所に行くこと自体が怖くなっていました。
最近は、夫が酒を飲むと大声を出し、壁を強く叩くようになりました。
手を上げられたことはありません。
しかし、スマホを取り上げられたことがあります。
子どもの前で、
「ママは悪い人だから、パパと一緒にいようね」
「ママが出ていったら、もう会えないよ」
と言われることもありました。
長男は夜泣きが増え、保育園でも母親から離れると泣くことが多くなっています。
相談者は、在留期限が近づく中で悩んでいました。
「夫に謝って、更新書類を書いてもらうべきでしょうか」
「それとも、子どもを連れて今すぐ家を出るべきでしょうか」
「でも、別居したらビザはどうなるのでしょうか」
この問題の本質
私は、この問題の本質は「離婚するかどうか」だけではないと考えます。
もちろん、夫婦関係の継続が難しいのか、別居や離婚を考えるのかは重要です。
しかし、このケースでは、それより前に整理すべきことがあります。
- 母子の安全をどう確保するか
- 在留期限までに何を確認するか
- 夫に事前に知らせると危険がないか
- 子どもの保育園を継続できるか
- パスポートや必要書類をどう確保するか
- 別居後の住まいと生活費をどうするか
- 虚偽の在留申請を避けるにはどうするか
つまり、この問題は、在留資格だけの問題ではありません。
DV、子どもの監護、住まい、生活費、保育園、仕事、日本語支援がすべて絡んでいます。
ここで順番を間違えると、安全も在留手続も同時に崩れてしまいます。
よくある失敗
よくある失敗の一つは、在留期限が怖くて、夫に従い続けてしまうことです。
「更新が終わるまでは我慢しよう」
「夫に怒られないように謝ろう」
「夫が書類を書いてくれないと日本にいられない」
そう考える気持ちは分かります。
しかし、夫が在留資格を使って支配している場合、夫任せにすると、その支配がさらに強くなる危険があります。
もう一つの失敗は、在留期限を後回しにして、勢いで家を出てしまうことです。
身の安全が危ない場合、避難は重要です。
ただし、在留期限が2か月後に迫っているなら、入管手続を「落ち着いてから」と考えるのは危険です。
さらに危険なのは、在留申請で事実と違う説明をしてしまうことです。
夫婦関係がすでに悪化しているのに、「円満に同居しています」と書くような対応は、後の手続に大きな不利益を残す可能性があります。
私ならどう考えるか
私なら、まず「安全」と「在留期限」を同時に見ます。
夫に事前に別居予定を伝えるか。
夫に在留更新の協力を頼むか。
子どもを連れて出るか。
これらを単独で決めるのではなく、危険性と手続期限を並べて考えます。
特に確認すべきなのは、夫が逆上したときに何をする可能性があるかです。
パスポートを隠す。
子どもの保険証や母子手帳を渡さない。
保育園に連絡する。
職場に押しかける。
入管に一方的な説明をする。
このようなリスクがあるなら、夫への事前通告は慎重に考える必要があります。
最善策
最善策は、夫への事前通告や虚偽申請を避けながら、安全確保と在留手続を並行して設計することです。
まず、手元にあるものを確認します。
- 在留カード
- スマホ
- 夫からのLINE
- 給与明細
- 生活費の記録
- 保育園の連絡帳
- 子どもの状態が分かる記録
次に、夫が管理しているものを確認します。
- パスポート
- 子どもの保険証
- 母子手帳
- 在留更新に必要な過去の書類
- 住まいの契約関係書類
無理に取り返そうとして、夫と単独で交渉するのは危険です。
必要なのは、感情的に動くことではなく、夫が気づく前に安全な相談ルートと書類確認を進めることです。
同時に、別居後の住まい、保育園、通勤、生活費、子どもの送迎、夫からの連絡方法を整理します。
母子生活支援施設、自治体のDV相談、外国人相談、子育て支援、入管手続の情報を一体で確認することが重要です。
なぜ法律だけでは解決できないのか
この問題には、法律上の論点があります。
在留期間更新。
在留資格変更。
DV防止。
婚姻費用。
子どもの監護。
保護命令。
どれも重要です。
しかし、法律だけを見ても、この問題は解決しません。
相談者は日本語での手続に不安があります。
夫は生活費を管理しています。
子どもは不安定になっています。
在留期限は2か月後です。
パスポートは夫が持っています。
つまり、今必要なのは「正しい制度名を知ること」だけではありません。
どの順番で動けば、母子の安全、在留、住まい、仕事、保育園を切らさずに済むかを考えることです。
法律上は可能な手続でも、生活の準備がなければ実行できません。
逆に、生活のために急いで動いても、在留手続を誤れば将来に大きな不安を残します。
実務上のチェックポイント
- 在留期限がいつまでか
- 現在の在留資格は何か
- 夫が更新書類に協力しないと言っている証拠があるか
- パスポートは誰が持っているか
- 在留カードは手元にあるか
- 夫の暴言や脅しのLINEを保存しているか
- 壁を叩く、スマホを取り上げるなどの行為があるか
- 子どもの保育園での様子に変化があるか
- 生活費をどの程度渡されているか
- 給与口座を自分で管理できているか
- 夫が保育園や職場に来る可能性があるか
- 別居後の住まいの候補があるか
- 日本語での手続に通訳や支援が必要か
- 夫に事前に伝えることで危険が高まらないか
- 在留申請で事実と違う説明をしようとしていないか
まとめ
外国籍の妻が、夫から在留資格を理由に脅されている場合、恐怖を感じるのは当然です。
「夫に協力してもらえなければ日本にいられない」
「子どもと離されるかもしれない」
「日本語で手続できる自信がない」
そう思うのは無理もありません。
しかし私は、この場面で最初に必要なのは、夫に従うことでも、勢いで家を出ることでもないと考えます。
まず、安全を確認する。
在留期限を確認する。
必要書類を整理する。
子どもの保育園と住まいを守る。
虚偽申請を避ける。
夫への連絡方法を慎重に決める。
この順番で考えることが大切です。
いま最優先すべきなのは、夫婦関係で勝つことではなく、母子の安全と日本での生活基盤を同時に切らさないことです。
私は、それがこのケースの最初の一手だと考えます。
免責文
この記事は、外国籍配偶者の在留資格、DV、別居、子どもの監護、生活再建についての一般的な考え方を整理したものです。具体的な事案では、在留資格、婚姻状況、子どもの監護実態、暴力や支配の内容、証拠、生活状況によって判断が変わります。本文は特定の結論を保証するものではありません。



